道元禅師の御霊骨は、明治十二年五月三日、永平寺において、祖堂(承陽庵)が火災にあい、その焼け跡の地下から発見されたのでありますが、程なくして、この御霊骨の一部が宇治の興聖寺、青森の法光寺、そして当 可睡齋にも授与されました。
このことは、当時住職であった当齋四十七世西有穆禅師(後の総持寺独居住第三世)が北海道地区教化に多大なる功績があったこと、当可睡齋から永平寺へ道元禅師のご親筆「重雲堂式」一巻を献納したこと等に報いる為であり、明治十四年九月二十八日授与されたのであります。
以来、歴代の可睡齋主が自室である蓮華台において親密に守り、安置されていました。
その御霊骨も、平成十六年の「平和祈念大祭」の勝縁を得て造営されましたこの「高祖廟」へと遷されました。
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