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可睡齋の秋葉総本殿は、明治六年に秋葉三尺坊大権現様の御真躰が秋葉山より当可睡齋にご遷座されたことからおこったものです。江戸時代には「秋葉信仰」が盛んで秋葉参りには大勢の信者が集まり、当時、秋葉山の山頂にあった秋葉寺の賑わいは、お伊勢参りをしのぐほどあったといわれています。その秋葉山から御真躰が遷座された可睡斎は、明治時代以降、日本唯一の「火防(ひぶせ)パワースポット」、日本唯一の御真躰をお祀する火防霊場です。可睡斎は、有栖川宮幟仁親王により「秋葉総本殿」の扁額を賜り、秋葉三尺坊大権現鎮座火防霊場として、全国津々浦々に名声が響き渡り、多くの信者の尊崇を受け今日に至っております。
余談ですが、東京・秋葉原の語源も、この「秋葉」。遠州から秋葉三尺坊大権現様を勧請(かんじょう)し、今の秋葉原に鎮火神社をまつったことからです。
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秋葉総本可睡斎におまつりしてあります秋葉三尺坊大権現様は、今から千三百年の昔、越後蔵王権現堂の十二坊の一つである三尺という僧坊で厳しい修行を重ね、秘密奥義を極めて神通力を得、観世音菩薩三十三化身の一つあります。迦褸羅身(カルラシン)を現じられました。
かくして、秋葉三尺坊大権現様は、衆生済度のため、三大誓願をおこし火防の霊場を開かれました。
そして、「およそ我を信ずれば必ず感ず、感ずれば必ず応ず、応ずれば不可不思議の霊験あらわる」と申され、さらに「一心を似って我を信ずれば、諸々の心願必ず成就す」とおおせられて秋葉三尺坊大権現様の不可思議な法力は、信仰いただける信者の皆様方には霊験あらたかであります。
秋葉三尺坊大権現をおまつりしていた秋葉山秋葉寺は、太政管令の無住・無檀の寺院霊場は統制廃寺という条文に触れ、明治六年に廃寺となり、秋葉三尺坊大権現様の御真躰は、本寺である可睡斎へ遷座奉安されました。
可睡斎は、有栖川宮幟仁親王により「秋葉総本殿」の扁額を賜り、秋葉三尺坊大権現鎮座火防霊場として、全国津々浦々に名声が響き渡り、多くの信者の尊崇を受け今日に至っております。
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毎年十二月十五日には「火防大祭」が行われています。
この日は大勢の皆様がお参りしご祈祷を受け、ご信者のご奉仕により、秋葉総本殿可睡斎最大の行事が行われます。
当日は大祭大祈祷・御輿渡御・松明道中・火渡りの各行事の他、深夜には秘法七十五膳御供式が行われます。
